読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

非生産的座談会

会長、副会長、新顔こむぎ

【日記じゃない】春

 春だ。春。春だよ、春春。

 もう3時間も待ちっぱなし。もういくつものカップルがお決まりのやり取りをして去って行くのを見た。「待った?」「ぜんぜん! 行こ行こ!」なーにがぜんぜん、だ。こっちはあんたたちが30分も前から時計チラチラ見ながら待ってるのずっと見てたんだぞ。待ってたんだぞ馬鹿野郎って背中でも蹴ってやれ。一方私はさっきから懐中時計の蓋を開けたり閉めたり開けたり閉めたり。金具がすり減るからやめたほうがいいよってあいつは言うけど誰のせいですり減ってると思ってんだいっっっっつも待たせやがってチクショー。

 とにかく落ち着かない。私は漢字について考える。蠢くと言う漢字、あれはちょっと気持ち悪すぎやしないだろうか。虫が二つも、それもなんと春の下にくっついている。まさに蠢いている様子が伝わってくる気味の悪い漢字だ。思い浮かべただけでぞわぞわする。時計を落として危うく踏まれそうになり、踏みそうになったおじさんに迷惑そうな顔をされた。違うんですこれも全部あいつが悪いんですあいつが遅いせいでイライラして落としたんです「ごめんなさい」。舌打ちをされる。なんだか悔しい。

 今日はこれからお花見に行く予定だった。お昼になる前に待ち合わせをして私の作ったお弁当を食べてなんやかんやイチャイチャしちゃおうっていう寸法。寸法だった。だけど今はもうおやつの時間で、しょっぱい唐揚げも甘い玉子焼きもふわふわのサンドイッチもぜーんぶおやつ。その時あいつから連絡が来る「今家出たからあと30分でそっちに着く」。チクショー着いたら背中蹴ってやる。そうだ欲しい靴があったからそれをお詫びに買ってもらおう。

 あと30分、あと30分で着くと口に出して呟く。3時間も待たされた身としてはあと30分なんてなんてことないように思える。たったのあと30分でこの待ち時間が終わると思うと心にもなんだか余裕が出てきた。あの人の着てるトレンチコートかわいいな。あの人の立ち方すらっとしててきれいだな。リュックを前に抱えるのをやめて背中に回し、あえてピシッと立ってみる。けどすぐに嫌になってやめてしまう。ああ姿勢良くなりたいな。ピシッ、だら。ピシッ、だら。時計を見るとまだ5分しか経っていない。あーあうんざり。どうして私こんなに待っているんだろう、怒って帰ってしまえばよかった。

 人が歩いているのをぼーっと眺めていたらいつの間にか30分経っていたようで「駅に着いたよ、あと1分で着く」と連絡が来る。長かったな、今日ももうすぐ終わりだな。どんなお詫びをしてもらおう。彼も彼なりに焦っただろうから背中を蹴るのは無しにしよう。でも靴は絶対ゆずらない。

 まずはこの3時間私がどんなに苦労して待っていたかを話そう。それから昨日道で見つけた猫の話をしよう。お弁当を一緒に食べて、その後のことはその時考えよう。

 疲れた足から痛みが引いたような気がした。